サッカー・人種・階級(その1)

もう1ヶ月以上も前のことで恐縮なのだが,サッカーでフランスのナショナル・チーム監督,ローラン・ブラン氏が人種差別的な発言をし,FFF=フランス・サッカー・協会の調査委員会か何かに呼ばれたらしい。その際に,栄光の98年チームでブラン氏と共に世界一の栄冠を勝ち取ったチーム・メイトの多くが,ブラン氏を擁護したらしい。もちろんジダンもブラン氏を支持したらしいが,彼は一番最期にようやく支持を表明したとのこと。
私が知っているのはここまで,その後ブラン氏にどのような処分が下されたのか,下されなかったのか,私は寡聞にして知らない。
ただ,その背景にはフランス特有の<98年ショック>のようなものがあるらしい。
周知のように,1998年フランスは地元開催のワールド・カップで初めてサッカー世界1の称号を手に入れる。
恐らく,この優勝を契機にというか,この大会を通じ,フランス社会でサッカーが占める社会的な意義が変わったように思われる。
どういうことかというと,1998年まで,フランスでサッカーはある階級のスポーツでしかなかった。サッカーはあくまで人気スポーツではあったが,その人気はあくまで庶民階級の支持によって成り立っていた。90年代に私がフランスで出会った友人(大学院生とか,インターンとか,若手の大学教員が大多数だけれど)の全員がサッカーに対してまったく関心がなかったし,それをごく当たり前に思っていた。彼らの多くはスポーツにまったく関心がなかった。実践の対象としても,スペクタクルとしてもである。スポーツに関心がある場合でも,彼らの関心はテニス,スキー,近代五種,トレッキング,水泳,柔道,合気道など一人できるスポーツだった。あくまでこれは,日本人文系大学院生がパリ大学都市およびその周辺で出会った同世代のフランス人のスポーツ観でしかないのだが,このサッカーに対する無関心,かなりあからさま軽蔑は,多くのいわゆるインテリで共有されていた気がするのである。事実,何年だか覚えていないが90年代前半に,パリ・サンジェルマンがヨーロッパ・クラブ杯をミランACと争った際,「今晩は決勝戦を御覧になりますか」と尋ねられた,複数の大臣が「そんなものにはまったく興味がない!全く!」と答えていた。
人気商売の一種ともいえない政治家たちが,自国のチームが闘う決勝戦にここまで無関心でいられる背景には,「エリートたる者はサッカーに興味を持つべきではない」という社会的合意があったのだと思う。
ところが,1998年の一夏の経験がすべてを変えてしまう。
優勝後,「白(白人),ブール(アラブ移民のこと),ブラック(黒人)」というなんとも微妙な標語が生まれたように。ワールド・カップ優勝と共に,サッカーは<階級を代表するスポーツ>から,<国民を代表する>スポーツ,さらにはさまざまな社会的,人種,民族的出自をもつフランス人を<国家に統合するスポーツ>に変わった。サッカーがフランス社会で占める意義,果す機能が劇的に変わったのである。実際,私の周りのフランス人たちも,これまでのサッカーに対する階級的な軽蔑をかなぐり捨てて,多くがサッカーファンになってしまった。もっとも,「準々決勝くらいまでは全然興味がなかったんだけれど,準決勝辺りから興味がでてきて,それで...」などと,きちんと自身のにわかサッカーファンぶりを認めてくれる友人もいるにはいたけれど(かなり問いつめた後だが)。
しかも,よくあることだが,この劇的な変化に,選手も,サッカー協会関係者も,政治家も,マスコミも,インテリも十分に気がつかなったし,気づくにしても気づくのが遅すぎた(恐らくこの変化にマスコミやインテリが気がついたのはつい最近だろう)。
その上,サッカーが体現すべき統合機能という奴も,堅固な土台の上に時間と議論を経て練られたものではない。半ば勢いというか,サッカー関係者積年の悲願であるワールド・カップ優勝で<たまたま>出来上がってしまったもの,と言えなくもない。例えば,「白(白人),ブール(アラブ移民のこと),ブラック(黒人)」という,優勝後「ナショナルチームにはアラブ人,黒人が多すぎる」という保守系知識人(アラン・フィンケルクロート)の批判に対して造られた標語自体が胡散臭い。
何故アラブ人と「ブール」という俗語で呼ばれ,黒人は「ブラック」という外来語,しかも普段はフランス人があれほど嫌っている英・米語で呼ばれているのだろうか。そしてなぜ,白人を表す「白(ブラン)」という言葉だけが,普通のフランス語なのだろうか?98年のナショナル・チームが,植民地に対して100年以上に渡って行われた肉体的,経済的,イデオロギー的暴力と,移民国家フランスの現在との和解を象徴するならば,なぜ「ブラン(白人),アラブ(アラブ人),ノワール(黒人)」という,普通のフランス語による標語ができなったのか(アラブ移民を意味するブールはそもそも差別用語だ!)?Bによる頭韻を踏みたかったのだろうが,白人以外にはスタンダードなフランス語が使われていない点に,どうしても白人フランス人のそれ以外のフランス人に対する屈折した感情が,透けて見えてるは私だけだろうか?
(続く)