『風光る』

最近ハマっているのが... ルイス・ブニュエルとかリューヴェン・オジアンではなくて,渡辺多恵子の『風光る』。沖田総司に恋する少女神谷セイが,沖田の側にいたいがために,男装して新撰組に入隊するという,なんとも荒唐無稽な設定です。しかし,物語は幕末の動乱の最中にある京都を背景に二人のこころの動き,距離を丁寧に描いてゆきます。
少女マンガなので,読者の大半は女性なのでしょう。せのせいか,新撰組という男の暴力に満ちた世界がとても美化されて描かれている。ちょっと美化され過ぎです。男性作家なら絶対に,こうは描かないし,まず描けないだろう。この美化が作家の思い込みなのか,マーケティング戦略なのかはよくわかりません(両方でしょう,きっと)。そのせいで,最初はなかなか物語に入って行けませんでした。ウソっぽくて!でも,まわりのプレッシャーもあって,半ば渋々読み進めて行くうちに,虜になりつつある自分に気づいた次第。
沖田総司に憧れている少女の視点から描かれているので,新撰組の美化はとりあえず,物語のエコノミー上は必然と,無理に自分を納得させてしまうことに成功すると,つくづくよく出来た物語に見えてくるから不思議です。素人から見ると時代考証がとてもしっかりしています。そのせいで私のような時代オンチ,日本史オンチには,頁ごとに新しい発見があるのです。作品では,セイと沖田の関係がゆっくりと,しかし着実に変化してく様が丁寧に描かれています。じれったい!と感じないのは,時代考証がしっかりしているので,二人がその時代にまさしく生きていると,読者が感じることができるからでしょう。
特に文庫版の10巻当たりから,沖田がセイを女の子ではなく,女性として意識しはじめ,自分がいかにセイに惹かれているかを自覚するようになってからは,単に年上の美男子に憧れる女の子の話とは違う,深みというか味わいが感じられます。
こう不器用に紹介してしまうと,『風光る』すなわち沖田とセイの恋愛コミックにとられそうですが,作品では彼らを囲む多様な人物も「コレでもか!」というほど,丁寧に丁寧に書かれています。作者の登場人物たちへの深い愛着,この作品への思いを感じずにはいられません。というわけで,文庫本の13巻の刊行が待ち遠しくてたまらない今日この頃です。