超現代的なホメロス

ホメロスといえば,昔から『オデッュセイア』がフランスの中学一年(日本だと小学6年生)用国語教科書で取り上げられている。まあ,どんな分野を勉強するにせよ,ヨーロッパのことを齧っている人なら誰でもよ〜く知っていなければならない作家の一人である。
訳あって,『イリアス』『オデッュセイア』を急いで通読してみた。改めて,両作品のテーマ,説話構造,文体の違いに驚く。
夫婦愛,父子愛,堅固な主従関係,青少年の成長といった作品を構成する主題からして『オデッュセイア』のほうが<学校向け>なのはよく分かる。
だが,読者を物語世界に引き込む力,という観点からすると『イリアス』の方がはるかに魅力的だ。物語の面白さ,迫力,描写の残忍さ,朗らかな性愛,剛毅な文体(松平千秋の日本語は,主語と述語の係り結びが<?>と思わせる個所も見られるが,『イリアス』の世界にはピッタリはまる。豪華絢爛でゴツゴツとした見事な訳だと思う)によって,読者を物語世界に引き込む力が群を抜いている。
時代,地域,言語の距離を超えて,紀元前800年にヨーロッパの辺境(現代から見てだけれど)で書かれた物語が,物語が書かれたほぼ3000年後に,ホメロスの世界ではその存在さえ想像されていなかった島国の凡庸サラリーマンに,古代ギリシャの世界を絶えず夢見させてしまうのだから,物語の力って本当に恐ろしい。
イリアス』が持つ圧倒的な文学的魅力はもちろんだが,ついつい判官贔屓してしまう日本人の読者には,狂気ともいえる怒るに燃え,暴力を振るいまくるアキレウスという絶対的な悪役と,そのアキレウスに惨殺され,死後も遺体を陵辱され続ける悲劇のヒーロ(しかも秀麗な容姿をした美男!)の存在だけで,物語世界から離れられなくなってしまう。
また,典型的なチャラ男のパリス,優柔不断なゼウス,そのゼウスと倦怠期の夫婦のような関係にある意地悪オバサンのようなヘラ,スーパー悪役アキレウスと同性愛的な関係にあるパトロクロスアキレウス以上に腹黒いアガメムノンヘクトルの父で老いにもかかわらず丸腰でアキレウスに憐れみを乞いながら,息子ヘクトルの遺体を引き取ろうとするプリマオス王...など存在感のある脇役が多数登場するのもこの物語の魅力だ。
また,アカイア勢,トロイエ勢の間で来る拡げられる人間の戦いを眺めながら,どちらかに贔屓をしたり,どちらかの邪魔をする神々は,コンピュータゲームをしながらお気に入りのキャラクターやチームを勝たせようといろいろと設定を変える,現代の私たちのようではないか?
まさしく,物語のすべてはホメロスにあり!