ラジオで聞くプルースト

通勤途中,『失われた時』のヴェルデュラン婦人のサロンについての放送を聞く。
その中で,ヴェルデュランのサロンの様子を描写する『失われた時』の一節が朗読されていた。なんとなくだが,この小説のコミカルな側面に触れた気がした。こういう放送を聞くと,le temps perduの訳として「失われた時」は少々お上品すぎる気がしてくる。