『皇帝と公爵』

ヨーロッパ,特にフランスではとても評価が高いのに,日本ではまだほとんど紹介されていないチリ出身の映画監督故ラウル・ルイスが準備し,彼のアシスタントや編集をしていたヴァレリア・サルミエントが完成させたという,『皇帝と公爵』を見てきました。
細かいエピソードを織り上げて大きな物語を作りあげてゆく話法(まるで,石を積み上げて巨大な大聖堂を築くように)や,変幻自在に操られる独特のカメラワークは,まさしくラウル・ルイスならではの映画といえると思います。この映画にはさらに女性監督ならではの視点が加わっていりように感じられました。登場するどの女性も(たとえ若く,美しくない登場人物でも)魅力的で,強く,逞しいのです。くやしいですが,ヨーロッパ文化の懐の深さが圧倒的な説得力で体感できる映画です。残念ながら今の日本映画界にこれだけの映画を作る力量はないしょう。
往年のフランス映画を代表するカトリーヌ・ドヌーヴミシェル・ピコリ,イザベル・ユッペールの3人が同時に演ずる,ポルトガル在住でフランス贔屓のスイス人商人一家の場面は特に感動的でした。
彼らの年齢からして恐らく,この偉大な3人が共演することはこれが最期(最初で最後でなければ)になるでしょう。そう思うと涙が出そうになりました。特に,このたった3分の場面は,ストーリーの理解に全く寄与しないだけ(見逃しても映画の筋を追うのに全く支障がない,唯一の場面だ)に,逆にこの場面に対する監督のこだわりが伝わってきます。逆に,この映画の企画が秀逸だったからこそ,3人はストーリーからするとどうでもいい,たった3分のためにあえて共演したのでしょう。この場面だけでも見る価値はあると思います。