成瀬巳喜男が見せる/生きる戦後

今日,池袋の文芸座で観たのは成瀬巳喜男監督の2作品(於:新文芸座)。『稲妻』(1952年)と『放浪記』(1962年)です。
『稲妻』はすべて父親の違う4人兄妹(長男と3姉妹)の物語です。兄の嘉助(丸山修)は未だに戦争のショックから立ち直れずにいます。映画では,母のおせい(浦辺粂子)が「嘉助はいまだに南方ボケが直らない」と何度となく嘆く有様です。
一方娘の縫子(村田知英子)と光子(三浦光子)は結婚しながらも幸福とは言えない生活を送っています。兄妹3人,特に姉二人の生活を見るにつけ,末娘の清子(高峰秀子)は,結婚することの意義を見いだせません。お金・異性関係にかんする兄妹たちのだらしなさ,身勝手さにいやけがさした清子は,自立を目指し,世田谷に間借りしまする。そして,ラストは母おせい(浦辺粂子)との口論で和解で締めくくられています。
気がついた点を何点かメモしておきます。
アメリカの存在の大きさは無視していはいけないと思います。下町が物語展開の中心なので,この映画には外国人が出てきませんが,当時は占領軍であふれていた(はすの)東京です。アメリカの存在を完全に消し去ることはできません。銀座の交通表示は英語で溢れています。日本の交通表示がローマ字でも行われるようになったのは,アメリカ占領以後のことかもしれません。実際はどうなのでしょう?どなたかご教示下さい。
また,長兄の嘉助がパチンコの景品として持ち帰ってくるのはアメリカ製のチョコレート,タバコです。そもそも,長兄の嘉助はいまだにアメリカとの戦争の傷と共に生きています。
和室での暴力シーン,これは成瀬の作品では何度か繰り返されるシーンです。これに関してですが,当時の住宅事情も匠に描かれていて,大変興味深いです。
高峰秀子は1924年生まれなので,撮影当時は20代後半のはずですが,そんなことは感じられない溌剌とした美しさです。
冒頭のおせいと清子のやりとりも象徴的です。姉たちを見ていて,結婚の意義が見いだせない清子は母おせいに「お母ちゃんは幸せだった」と問いただすのですが,その質問におせいは「そんなハイカラなものはしらん」と答えるのです。まるで,おせいの青春,壮年時代には,幸せという概念は日本の庶民階級にはなくて当たり前であったかのようです。もしかして,「幸せ」という概念も,戦後になって進駐軍アメリカ(ハリウッド映画)が持ち込んだかのような物言いです!
また,この作品はこのような幸せをめぐる母と娘の答えのないやり取りから始まるのですが,ラストには「なぜ私を生んだの,私は家族のせいで一度も幸せと思ったことがない」という,さらに幸せの不在を理由に,厳しく母を問いつめる娘と,その言葉に深く傷つくやり取りが置かれています。
フランスでは,幸せという概念は18世紀に作られた(発見された)と,よく言われますが,日本ではどうなのでしょう?誰か,詳しい方にご教示頂きたいです。

『放浪記』は林芙美子の自伝的小説を映画化した作品。林芙美子高峰秀子が演じています。若い頃から,貧しさ,男の身勝手さに翻弄され続ける林芙美子を演じる高峰秀子,そして,彼女の友人白坂五郎を演じる伊藤雄之助の演技が印象的でした。
また,戦前の文化,風俗,住宅事情,社会性(ソシアビリテ),金銭感覚,食事事情,なども分かって大変面白かったです。しかし,セットも含め,映画の出来としては『稲妻』のほうが良くできている気がします。