トランプとアンケートとアメリカの真心

7月のイギリスの離脱といい,この度のアメリカ大統領選挙の結果といい,つくづく思い知らされたことは,「民主主義って恐ろしい」ということだ。

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アンケート結果の脆さも思い知らされた。確かにアンケートの精度にも問題があるのだろう。生活の全てを数字に置き換えて可視化した気にならないと気の落ち着かないフランスばかりを見ている者からすると,やっぱりアングロサクソン文化のアンケートは杜撰だと言ってみたい誘惑に駆られないわけでもない。
けれども,立て続けに国の将来を左右するような投票の直前に行われたアンケートが外れたのを見ると,これは文化の問題ではなく,アンケートという調査方法そのものに問題があるのではないかという気がしてくる。
アンケートの最大の目的はサイレント・マジョリティーの声を聞くことだと思う。それはつまりあなたの声を聞くことだ。つまりアンケートは世論の動向を知る手続きの一貫として,あなたの声を聞こうとする,同時にあなたとは誰なのか,何なのかを知ろうとする。あなたは白人か,黒人か。あなたはいつからこの社会(今回だとアメリカ)の成員なのか。あなたの学歴は何か。仕事は何か。結婚しているか,離婚したのか。子供はいるか。定職についているか。それとも派遣かパートか,いつから失業しているのか。年収はいくらか。そして今回の大統領選挙では誰に投票するつもり(あるいはしたか)か。もちろんアンケートは匿名だ。だが,逆に言えば,アンケートは名前以外の全て,調査側が知りたり全ての情報を提供しなければならない。そうしないとアンケートは成立しない。あなたは丸裸にされたなかで,誰に投票するつもりなのか聞かれるわけだ(あるいはその逆)。しかもである!アンケートを依頼する時点で,アンケートする側は既にあなたの住所もしくは電話番号を把握しているのだ!少なくともアンケート票を受け取ったり,電話を受けた人間はそう感じるだろう。
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そんな条件で,世界中のインテリ,スター,先生,いわば世界中の良心から1年以上毎日攻撃にされされている男を支援すると答えるのは,なかなか勇気のいることではないだろうか?もしもトランプと答えたら,さらにアレヤコレヤ答えたくもない質問が山ほど降りかかってくるかもしれないのだ!電話なら,オペレータから軽蔑されるかもしれない。私なら鬱陶しさを回避する,これ以上馬鹿にされたり,軽蔑されたくない!というそれだけのためにヒラリーに投票すると回答しておくと思う。
要するに,アンケートはとはそもそも勝ち馬に乗っていないものにとっては,面倒なものなのだ。その中で敢えてトランプを支持すると答えた人間がヒラリー候補の同数近くいたことに,アンケートを分析する側は注意すべきだったのかもしれない。
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一方,投票は本当に後腐れがない。自分の思いをぶちまけておしまいだ。そのせいで,あれこれ質問されることはない。本音で勝負できる。
こうした見方は,裏と表を使い分ける日本人的な観点かもしれない。しかしアメリカやヨーロッパ諸国のように脛に傷だけれの国,つまり過去の負の遺産のせいで,ポリティカリー・コレクトネスにがんじがらめに縛られた国に暮らしていると,日本以上にデリケートに裏と表を使い分ける必要があるのではないだろうか?
表と裏

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