男に期待しない女,あるいは和食が一番!

川上弘美の『センセイの鞄』を読む...
近年売れに売れた小説の一つなのでご存知の方も多いだろう。
魅力は3つ。
まずは物語の設定。70歳すぎの退職した元高校の国語教師と,30歳過ぎ,つまり女盛りの女性との恋愛譚。しかも女性のほうが半ば強引にアプローチするというお話。いや,恥ずかしながら,二人はいつくっ付くのか,いつ寝るのかと期待しながら,そして羨ましい!オイラにもこんなこと起らないかしら?と半ばセンセイに嫉妬しながら,読んでしまいました(まあ,作者が張った罠に見事に引っかかった雄の一人でございます)。
男性にはとても<イイお話>だけれど,女性はどうこの物語を読んだのだろうか。発表当時,この作品には寂しいオヤジを狙い撃ちした作品との批判もあったらしいが,オヤジだけの支持でベストセラーになることは,日本の文化状況からして考えにくい。この作品はある程度女性からも支持されたのではないだろうか?
というのも,作品を読みながらどうしても,こちらも売れに売れた『博士の愛した数式』を思い出さずにはいられなかったからだ。こちらは女主人公と博士の間にはなにもないのだけれど,主人公と彼女の子供と博士で,疑似家族みたいなものを形成する訳だから... 主人公が博士に強い共感を抱いていたことは否めない。
ほぼ同世代の才能ある女性作家が,いわば男と関係を結びながら,男に頼らない女性を描き,それが大ヒットにつながっているのが,今の日本の状況を考える上でとても興味深いと思う。
魅力のもう一つは,食べ物,飲み物の描写だ。これを読んだらだれだって,小料理屋に走って,盃片手に刺身や,焼き魚や湯豆腐や焼き茄子をつつきたくなる!毎日,大きな肉のかたまりと格闘していた時期に読んだせいか,食事の描写に引き込まれてしまった。
そして!日本語も良かった。
この本を読みながら,母国語で多数の良質の現代文学を堪能できる程度に文化的で,豊かで平和な国に暮らせる幸せをつくづくありがたく思った次第。