太宰に学ぶ<自分探し>という贅沢

太宰の「正義と微笑」を読んだ。
日記体の青春小説。一高受験に失敗した若者が,私立大学に入学はするものの,大学生活に幻滅し役者を目指すという物語。
青春小説にふさわしく,友だち付き合い,学校,試験,師弟関係,家庭の問題といったテーマがうまく配置されている。異性とのつきあいや性の問題も,物語のプロットの伏線としてきちんと描かれている。その中でも一番大きなテーマは<職業選択>,<自分探し>である。
主人公の家は父親こそ他界(!)しているものの,つつましやか(とはいえ,今の一般家庭では想像できないほど金離れはいいのだが)に暮らせば10年は暮らせる。しかも普通なら若者に重くのしかかる父はいないし,母親は病気でずっと床に臥せっている。姉は嫁に行き,兄は帝大をやめ,今は小説修行という名の自堕落な毎日。兄は限りなく優しく,主人公の弟にあらゆる点で手助けする。兄はあまりに優しく,弟のほうが小説の後半では,これからは兄にたよるのではなく,自分のことは自分でしなければと自覚するほどだ。
このような家庭環境の中で,主人公はおもいっきり<自分探し>に没頭する。逆に言えば,これだけの条件が揃わなければ,おめおめ<自分探し>などしてはいけないということだ。
太宰らしくなくきちんとまとまったハッピー・エンドの物語なのが,ちょっと残念。