記憶の中の花火

今日は港で花火大会が行われた。
いつもお世話になっている方の計らいで港に面したレストランのテラスから,1時間あまりじっくり花火を眺める。
規則的に聞こえてくる花火のはじける音と体全体で感じながら,大きくはじける花火を眺めていると,何故だかこれまで見てきた花火の思い出があれやこれやと浮かんできた。
思えば,色んなところで色んな人と花火を眺めてきたものだ...
その中には鬼籍に入ってしまった人もいれば,恐らくはもう2度と会うことがない人もいる(というかそういった方々が圧倒的に多数派だったりして...)。
そう思うと,真夏の喧噪の中にいるのに,どうしようもなく切ない気分になるから不思議だ。
これまで,花火ごときに渋滞や,混雑を厭わずに出かける人の気持がわからなかった。もしかしたら,花火ごときにのこのこ出かけてくる老人の多くは,花火の向こうにもう2度と手にすることのできない,淡く,儚い思い出を見に来ているのかも...
(いつも以上につまらん内容の日記になってしまった...)