可愛い姉ちゃんにはうんざり...

ソフトバンクが早々に優勝を決めてしまった。去年のような劇的な優勝もいいが,今年のようなブッチギリの優勝ももちろん悪くない。

ところが,最近,気になっていることが一つある。野球をめぐる言説の質が低下している気がするのだ。
かなり以前から気になっていことだ。
それが,出世作『80%が大学入学資格取得,その後は...?』以来,注目している社会学者ステファヌ・ボーが,昨年のワールド・カップ南アフリカ大会でのフランス代表の迷走振りを詳細に分析した最新作『お国への裏切り者たち?』(デクーヴェルト出版)を梅雨に読んで以来,ますます気になるようになってきた。胸のなかで溜め込んでいても仕方ないので,一言メモしておこうと思う。
さて,ボーによれば,昨年のワールドカップの際にフランス代表チームが練習拒否=ストまでして,自分たちの報道のされ方に「ノン!」を突きつけた原因の一つに,近年高まっていた,メディア,とりわけプレス,その中でもフランスを代表する(というか唯一無二の)スポーツ紙『レキップ』と選手達との,対立,緊張関係を指摘する。
もともと『レキップ』は辛口の批評で知られ,特に1998年大会ではフランスが地元で優勝したにもかかわらず,工場労働者上がりで,地方出身者+労働者階級独特の訛が抜けないエメ・ジャッケ監督の人物と,守備を重視した戦術に,徹頭徹尾冷たい批評を浴びせていた。
そして,そのせいで,氏は,フランスでは唯一自国チームをワールド・カップ優勝に導いた歴史的名将であるにもかかわらず,自伝に「フランスではサッカーでいくら勝っても,例えばキケロを適切に批評できないと一人前に見てもらえないのだ,私はワールド・カップ期間中キケロを読んでいたが,うまく批評できないのだ」と悲痛な一言を書き付ける始末!

もうお分かりと思うが,日本のスポーツメディアには,そうした気概というか,<批評精神>というものがまったくない。
選手は取材の対象なのだから,メディアは批判的な距離をとってしかるべきなのだが,なんとか選手・関係者と良好な関係を作って他社よりも有利に取材を進めようという魂胆の連中ばかりだ。もちろん,選手と記者の間に友情のようなものが芽生えることはある。ボーの著作にもそうした事例は幾つか紹介されている(もっとも,日本のようにアナウンサーと選手が結婚するという事例は報告されていないが)。
日本のスポーツでも,野球はその批評精神の無さにおいては最たるものの一つだろう。だから,大手の新聞の野球欄で出場選手それぞれを点数化することなど決してない(ヨーロッパのサッカーではごく一般的なことなのに)。万が一点数化しても,ある時期の朝日新聞のレコード批評のように全員5点満点で3〜4点ということになるだろう!マスコミが選手と緊張の種を作りたくないのだ。だから勝てば官軍の記事が圧倒的多数を占めて,腰が据わった記事が書けない。残念ながら,日本の新聞の野球記事の99%は,内容がなさすぎて,前日に試合を球場やテレビで観た者には読める代物ではない。
そのなれ合いの最たるものが最近のヒーローインタビューだ。本当に酷い。ソフトバンクの試合の本拠地,ヤフードームでは,技術,戦術面の質問はまずない。チームが報道規制をしているのだろうか?
昨年,一度千葉マリンスタジアム(くどいが,ヤーフードームではない!)で杉内投手に配球についての質問を聞いたことがあるくらいだ。どうして記憶に残っているかというと,それほどこの種の質問が近年では稀なのだ。
ヤーフードームのヒーローインタビューでは,ヒット・ホームランを打ったバッターにも,抑えたピッチャーにも,アナウンサーはその時の「気持ち」しか選手に質問しない!あれなら野球のことを全く知らない人だって取材が出来る。そして最後には,選手にマイクを渡して,音頭をとらせ,意味不明のかけ声を球場の客と唱和させる始末!野球放送だぞ!野球の話をしてくれ!
とは言っても,球場は興行の場でもあり,<選手とファンが心を一つにする場所>である以上,こうしたこともある程度は仕方がないのかもしれない。それに,選手とメディアの馴れ合いの方が,フランスのように高学歴+ブルジョワ階層出身の記者が,低学歴+移民・貧困層出身の選手を軽蔑・冷笑するという構図よりもましといえばましなのかもしれない。

しかし!である。
日本の選手とメディアの仲の良さは,やはり弊害が多い。
昨日(10月5日)テレビ朝日の夜のニュース(『ニュース・ステーション』だと思う)で,楽天イーグルス田中将大投手を若い可愛いお姉さんアナウンサーが取材していた。アナウンサーが若くて可愛いので嫌な予感はしていたのだが(若くて可愛い女性を見て嫌な予感がするというのも変な話だけれど),やっぱり取材の内容は酷かった。
田中投手の自炊生活や,投球後の表情,ガッツポーズの話,震災後の地元開幕戦を前にした時の緊張の話... 結構長い時間の放送されていたにもかかわらず,残念ながら野球ファンが田中投手について知りたいこと(例えば,あのホレボレする躍動的なフォームはどうして生まれるのか,今年は好成績だが去年と今年では技術的,体力的,あるいは配給の面で何が違うのか)は全く知ることが出来なかった。
サッカーでは国際試合の直後に,日本語やフランス語で見事な批評をネット上で読むことが出来る。ワールド・カップの期間中,フランス文化放送ではグザヴィエ・ラポルト氏が見事なコラムを毎朝聞かせてくれた。ところが,日本の野球ではそのような批評を耳にすることも,目にすることも稀だ(今年では,栗山氏と武田勝投手との対談,金田正一ダルビッシュの投球フォームへのコメントは大変興味深かった)。
どんな芸術も文学も元気がいい時は,作品の質が高いばかりでなく,作品と受け手をつなぐ批評も元気がいいものだ。
その点,野球の将来は,日本のスポーツ文化の明日は限りなく暗い。絶望的に暗い。
たかが,野球と言うなかれ!スポーツで批評精神が発揮できないメディアが政治,経済。軍事,外交などできちんと取材の対象から距離をとって,記事が書けるだろうか?