観客の期待をどう裏切るか

若い友人たちと山中貞雄の『丹下左膳余話 百万両の壺』を見に行く予定だったのだが,諸般の事情(まあ,フラレてしまったわけです)で,結局は一人で見に行く羽目に。
しかし,とても楽しい映画でした。
柳生家に代々伝わる,猿壺は一見したところ,三文の値打ちのない,ただの汚い壺なのだが,実はその壺には100万両の財宝の埋蔵場所が刷り込んであるらしい... そんな説明をする柳生家藩主にする家老の話から映画ははじまる。喜ぶと同時に当惑する藩主。件の壺は江戸の千葉道場に婿養子に出された弟に藩主が与えた唯一の〈婿入り道具〉として,江戸にあるのだった。家老は早速江戸に飛び,弟君に壺の返還を求めるのだが... ケチな兄への当てつけで,その頼みを拒否する... しかも,弟が猿壺の価値をしるその直前に,妻はその壺をくず屋に売ってしまう...

柳生家,百万両,千葉道場,兄弟の確執...となると,壮絶にして凄惨な壺の奪い合いがはじまると思いきや... 結局... 壺の争奪戦は,至極愉快で,お気楽な展開を見せる。そもそも柳生家の弟自身が,ありとあらゆる手を使って,壺を自らのものとするのを遅らせようとする。江戸の町で,娘と気楽な逢い引きを楽しむために...
このように,この映画は前半数分でアナウンスされたことを,映画全体が裏切っていくというなんとも洒落た構造になっている。