座頭一ではない勝新太郎

 昨年の秋,出張先のホテルで,受付の人が毎朝私を見かけると,「毎日ザットシーを見ている」と話しかけてきた。それ以後,ずっとカツシンのことが気になっていた。
 最近,彼の映画を何本か映画館で見ることが出来た。『人斬り』(1969年,五社英雄),『浪人街』(1990年,黒木和雄),『無宿 やどなし』(1974年,斉藤耕一),『新兵隊やくざ火線』(1972年,増村保造)の4本である。座頭一がないのは残念だけれど。
 いちばん面白かったのはやはり,『人斬り』だろうか。シナリオ,演出にかんしてへは,ちょっと間延びし過ぎと思わない所がないわけではない。もっとも「間延び」と感じるのは,演出自体が悪いせいなのか,早さ,効率が絶対的な価値を持つ現代に生活する観客の時間感覚のせいなのかも,一考の余地があるかもしれない。
 とはいえ,『人斬り』という映画に懐かしさと驚きが満載だ。それがシナリオの欠点を相殺してくている。例えば,以蔵の愛人おみのを演じる当時23才の倍賞三津子だ。恥ずかしながら,私は<おばさん>を演じる倍賞三津子しかしらなかった。カツシンと抱き合って,彼女の背中が大写しになったショットが何とも印象ぶかかった。玉の汗をかき,艶かしい肌を見せる彼女を見たことがなかったのである。テレビを通じてしか彼女のことを知らなかった私にとって,彼女のエロスを前景化した演出なんて想像したことさえなかった!また,照明やメイクで,彼女の肌を無理に白く見せようとしていないのも時代のおおらかさという奴だろうか?
 また薩摩藩田中新兵衛を演じる三島由紀夫切腹シーンも大変印象深かった。このシーンの撮影からほぼ1年後に,本人が割腹自殺を遂げることは,当時の観客は果たして予想していたのだろうか。
 さて,勝新太郎に話題を戻そう。これらの作品を通じて浮かび上がってくる<カツシン>のイメージはそれほどポジティヴなものではない。どちらかというと,精神的にも,肉体的にもだらしない。女性にもてるわけでもない。泥臭くて,格好わるいイメージだ。とてもじゃないけれど,『人斬り』の仲代達矢石原裕次郎,『浪人街』の原田芳雄,『無宿 やどなし』の高倉健,そして,三船敏郎市川雷蔵のような,いわゆる大スターの神々しい輝きとはほど遠い。特に『新兵隊やくざ火線』でカツシンが走るすがたの鈍重さときたら!ラッシュ時に地下鉄に駆け込む中年の貧乏サラリーマンの方がよっぽど,身のこなしが軽やかで清々しい!