『子供たちに語るヨーロッパ史』


フランスの歴史研究の泰斗ジャック・ル.ゴフによる入門書です。
300頁弱の文庫本なのですが,そこに今日のヨーロッパを考える上でのエッセンスがぎゅっと詰まっています。
前半はテーマ,年代を軸にしたヨーロッパ師逍遥,後半は著書の専門である中世にかんするQ&A形式のエッセー。中世のことをまったく知らない私には大変勉強になりました。
一年くらい前でしょうか,病気(脳溢血でしょうか)で倒れた後のル・ゴフのインタビューをラジオで聞いたことがあります。障害にもかかわらず相変わらず精力的に研究を続けている様子に感銘しました。

「ヨーロッパのことを知りたいけど,分厚い通史を手に取るのはちょっと...」という方にはお勧めです。
中世には,大聖堂はどんな建物よりも多くの装飾が施されていました。特に今日の大聖堂からは消えてしまった,もはや見ることのできない眺めがありました。大聖堂には絵が描かれ,彩色されていたのです。壁掛け[タペストリー],フレスコ画(壁のしっくいにじかに描かれた絵),彫刻なども大聖堂を飾っていました。いちばん彫刻が施されていた場所は内部では柱頭(柱の上部),外部では正面入り口[ポルタイユ]です。こうした彫刻の形態や様式は大きく変化しました。大聖堂の内部について一言付け加えましょう。入り口近くにはしばしば〈洗礼室〉という区切られた小さな空間に石の桶がおかれています。洗礼のとき,桶は聖水で満たされます。〈洗礼室〉が豪華に装飾されているのは,洗礼は〈秘跡〉であり,キリスト教の最も重要なしるしだからです。ひとはユダヤ教徒として,あるいはムスリムとして生まれますが,キリスト教徒として〈生まれる〉ことはないのです。入信者の頭に洗礼の水が注がれることによって,赤ん坊であれ成人であれ,人ははじめてキリスト教徒に〈なる〉のです。(ジャック・ル・ゴフ190-192頁)

ジャック・ル・ゴフ『子供達に語るヨーロッパ史』/ 前田耕作監訳,川崎万里訳,ちくま学芸文庫