ニースのテロについて

たまたまニースに住んでいる犯人が,近場で起こした事件なのかもしれませが,15日の金曜の朝にニースのテロのニュースを耳にした時,場所,タイミングともに非常によく選ばれている,と思いました。
まず,方法についてですが,今回のテロは,武器がなくても,特別はスキルがなくても,大量に一般の人を殺傷することは,そう難しいことではないことを,世に知らしめました。
昨年の11月にパリと郊外でテロが起こった直後,フランスのメディアで問題になっていたのは「COP21の警備,そして来年の2016の警備は大丈夫か」でした。
ニースもユーロ2016の会場の1つでした。いくら国際的なイベントの警備については,経験豊かなフランスの警察とはいえ,ヨーロッパ各国から多数のサポーターを迎えてのユーロ2016の警備には神経を擦り減らしたことは想像に難くありません。
イングランドやロシアのサポーターが一部暴徒化するような問題があったとはいえ,何年もかけて計画・準備されてきた,国の威信をかけた一大スポーツイベントが大成功に終わったわけですから,警備関係者に一息つくなというのは酷な話だと思います。
しかも7月14日の花火の警備は,警察からすると年中行事=ルーチンワークの1つにすぎません。また,有給休暇制度が充実しているフランスでは,給与生活者のほぼ全員が3週間の夏休みを取ります。フランスでは7月14日とは,子供はもちろん大人にとっても,革命記念日である以上に,何と言っても夏休みが始まる日なわけです。こうしたことを考えると,非常事態下のフランス,ニースとはいえ,警備に緊張の緩みが全くなかったとは考え難いです。そもそも,そう長い間人間の緊張は続くものではないでしょうし,フランスの一大国是である「個人の自由」の原理と真っ向から対立する,非常事態があの国で何ヶ月にも渡って当初の厳格さを持って維持されるとは想像しがたいです。
なので,ニースの花火大会の警備は非常事態とはいえ,例年並みであったり,ほんのすこし厳重であったくらいではないでしょうか。
また,7月14日からは多くのフランス人が,そしてヨーロッパの人々が海に,特に地中海岸に大移動をする時期です。数年前3週間ほどニースに滞在した時,ドイツ方面からの大型観光バスの大群を見ながら,「要するにニースって,ドイツ人や東欧・北欧人にとっては,日本人にとってのハワイとかホノルルみたいなものなんだ」と実感したことがあります。ヴァカンスが始まったと同時に一大リゾート地で起こったテロは,南仏のサーヴィス業に非常に大きなダメージになるものと予想されます。地域経済のために,あえて普段通りの夏休みを過ごすという,連帯のロジックが外国人観光客には機能しないからです。
しかもめぐり合わせの悪いことに,夏休みが終われば,フランスでは来年度の大統領選挙に向けての議論が白熱します。このまま行くとテロ,イスラムへの対応は失業,経済,ヨーロッパ以上に重要なテーマになることでしょう。経済や教育政策は,効果が出るのに時間がかるために,大統領選挙前には実施されないのが通例です(実施しても,選挙前には効果が出ないので)。その代わりに,手っ取り早い票稼ぎの手段として,移民,外国人に対して厳しい政策がきちんと議論されることなく実施されたり,選挙公約になる可能性は否定できません。
議論の流れ次第では,一気にフランスの政治が内向き(下手をすると排外的)になり,国際社会におけるフランスの地位/威信はさらに低下することになるでしょう。
トラック一台の暴走で,南仏経済だけでなく,フランスが被るダメージは相当なものだと思われます。
今回のテロは最小限の準備で,最大限の効果をあげたという点では,史上稀に見る事例であったのではないかと想像する次第です。

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