『壁に囲まれて』を見てみた

ローラン・カタランの『壁に囲まれて』(Entre les murs)を見る。日本では『パリ20区,僕たちのクラス』というタイトルで配給されたらしい。

パリ20区、僕たちのクラス [DVD]

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フランスの中学校の雰囲気がよく伝わってくる映画ではないかと思う。ただ,この映画は中学2年(コレージュ4年級)の1クラスを担任するフランス語教師の視点から見た1年間ということは忘れてはいけないともう。教師の視点から見た学校が描かれていることにこの映画の意義があると思う。
日本から見るとこのクラスは大変そうに見えるけれど,それでも生徒が人間性を失っていないのは,生徒と大人(=教師)の間で対話が成立しているからだと思う。少なくとも子供が「壁に囲まれている」間は,校長を含め大人はきちんと子どもたちに向き合っている。それには,大人の個々の努力もあるのだろうが,1学級の生徒数が少なかったり,余計な行事がなかったり,高校受験がないことも大きく影響しているのだと思う。逆に言うと,壁の向こうには残酷ともいえるシビアな現実の世界があるということだ。この映画では子ども=生徒,大人=教師も壁の外に出ることはない。だが,子供達は学校が終わると,シビアな現実に翌朝まで対峙して,翌朝あたかも何事もなかったかのように学校に帰ってくる。だが,壁の向こうで起こったことを少なからず引きずっている。だが,大人=教師達は壁の外の現実に立ち向かうことは決していない。そういう意味では,この映画は壁=学校制度に守られて,壁の外に眼前と存在し,子供達を縛っている現実に敢えて目を向けようとしない教師達,それを容認する学校制度への婉曲ではあっても痛烈な批判・皮肉が込められているともいえる。
パリジェンヌのパリ20区散歩 (河出文庫)

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そうした大人目線の設定が邦題からは全く伝わらないどころが,生徒目線でパリの学校が語られるという誤解を与えてしまうのは残念な限り。